JOURNAL
#10 その時どきのお茶が、日常の景色を変える / 鈴懸 中岡 生公さん
第10回目は、老舗菓子店「鈴懸」の茶舗限定で提供する「季節のお茶」について作り手の思いをお届けします。「鈴懸」と言えば、“今の美味しい”に合わせ、その都度、素材の塩梅を変えていく繊細な職人技で世代を問わず支持される名店です。今もなお、現場の最前線でものづくりと向き合う鈴懸の3代目・中岡さんとともに、和菓子と茶の楽しみ方とは何かをお話しました。

EN TEA (以下、EN):はじめてお会いして20年ですね。
中岡さん(以下、敬称略):こういう形で仕事の話をするのはなかなかないですね。
EN:今、あらためて外でのお茶を考えたいと思いました。2017年頃、EN TEAを立ち上げた時期、思えば「日本茶と和菓子だから何かできる」という安易な発想があったのかもしれません。ただ中岡さんのお考えに触れ、時間をかけて何をするか選ぶことが大切だと感じました。この取り組みが実現するまでに5年以上はかかりましたね。
中岡:それは我々もそうで、当然和菓子とお茶だから親和性はあるのですが、さまざまな顔をもった和菓子に、これが合うと言いきってしまうのはどうかという思いはありました。お茶席のようにお客さまや飲む場面がわかっている話でもないですし、お茶のことをもっと知るまでは、そうそう踏み込むべきものではないと思っていました。
今日みたいに、僕に目の前でお茶を淹れてくれて、飲みながら同じ煎茶の中でもこれはつぶあんだねとか、こしあんだねとか一歩踏み込んだ話ができるようになったのが大きかったですね。
EN:まず、お茶も和菓子も、人それぞれに「時分どき」があると思っています。季節や時間だけでなく、その日の気分や過ごし方によって心地いい組み合わせは変わるものです。その自由さを大切にしていることは、EN TEAにとって大きな軸であり、中岡さんのお話からも多くの影響をいただいています。
一方で、お茶の美味しさを探求し続けてきた自分たちだからこそ提案できることもあると感じています。日常に少し遊び心を添えるような感覚で、この季節にはこのお茶とこのお菓子が心地いい、そんな組み合わせを紹介できたら嬉しい。素材の持ち味を引き立て合うお茶だからこそ、豊かな時間が生まれるのだと思います。
中岡:楽しみを増やすきっかけになれば嬉しいですね。その先は、お客さまそれぞれの自由な楽しみ方が広がっていけばいい。組み合わせの妙を知ることで、お茶やお菓子の見え方もより深まっていくと思いますし、茶舗だからこそ感じられる季節の味わいも楽しんでいただけたらと思います。
EN:実際に茶舗での反応はいかがですか?
中岡:我々のお菓子だけを楽しみに来るではなくて、「お茶する時間が楽しみ」でいらっしゃる方が増えてきた気がします。スタッフからも、これまでより茶菓子としての色付けがされ、お客様にも喜んで頂けていると聞いています。
EN:茶舗では「季節のお茶」としてご提案いただいています。季節に寄り添いながら、素材そのものの魅力を丁寧に味わう時間をお届けできていることを、とても嬉しく思っています。
最近、お茶の本質は「水と火」なのかもしれないと感じています。自然の中で火を起こし、お茶を淹れ、甘味を一口いただく。その繰り返しの中に、豊かさの原点がある。そんな時間の中でも、鈴懸さんのお菓子は街でも山でも自然に馴染みます。多くの人に親しまれながらも、滋味や粗野の美しさを感じさせてくれるところが、本当に素晴らしいと思っています。
中岡:そういう風に、新しいお菓子の見え方が生まれるのは嬉しいですね。
EN:鈴懸さんは、特定のお茶のイメージに縛られることなく歩んでこられたと思いますが、お菓子に合うお茶を選ぶときの視点をあえて挙げるとしたら、どんなことでしょうか。
中岡:やっぱり細かくこれというよりも、その時の自分たちが良いと思えるかどうかでしょうね。EN TEAの味わいは私自身腑に落ちましたし、我々のお菓子と合わせるとまた面白くて。純粋に、皆さんにこういう楽しみ方もあることを紹介したいと思いました。
EN TEAは、はじめて飲んだ時にたったこれだけでこんな贅沢を味わえるのだと。誰が淹れても美味しいからできたことだと思います。
EN:鈴懸さんのお菓子は、さまざまな場所や場面で、多様なお茶とともに楽しまれていると思います。組み合わせは本当に無限で、それぞれが好きなものを見つけていただくことが一番だと思っています。
その一方で、ブランドの世界観をより深く味わいたい方にとっては、茶舗でその季節だけに出会える一服には特別な魅力があります。
振り返ってみると、これは最初から形を決めていたというより、お互いに歩みを重ねる中で自然と育まれ、必然的に生まれてきたものなのだと感じています。

EN:ところで、一服という時間そのものについてはどうお考えですか? メニュー名にもある「季節」についてもお聞きしたいです。中岡さんにとって、季節を味わうとはどのようなことでしょう。
“程良い緊張感” をもたらすのも一服の醍醐味。
中岡:季節は体感だから、「こうです」と言い切れるものではないですよね。何月だから夏、何月だから秋ということではなく、その時々の空気や湿度、光、身体が何を求めているのかを感じ取ることの方が大切だと思っています。
これだけ夏が長くなってくると、我々もお菓子づくりのあり方を見直さないといけないとよく話しています。夏ひとつ見ても、始まりと盛り、終わりでは身体が求めるものがまったく違います。だから最近は、同じわらび餅でも、わらびだけで味わうもの、あんこを入れるもの、きなこを添えるものと、季節の移ろいに合わせて細やかに変えています。今は春や秋がとても短くなってきています。そのわずかな変化を感じ取り、お菓子としてどう表現するか。それが、以前にも増して難しく、同時に大切な仕事になってきています。
EN:お話を伺っていて感じたのですが、中岡さんが仰る「季節」は、暦や情報ではなく、身体の感覚で受け止めるものなんですね。私たちも「一服」という言葉を使う時、実は少し近いことを考えていました。忙しい日々の中で、お茶を飲むこと自体が目的ではなく、一服することで感覚がふっと今に戻り、自分や周囲に意識が向く。その余白を、一服と呼んでいます。最近は、その時間には「程良い緊張感」を生み出す力もあるのではないかと思うようになりました。例えば、誰かと真剣に話をしたい時、まずお茶を淹れる。お互いシラフで向き合うからこそ、言葉も思考も澄んでくる。
この頃は、仕事の話もお茶を淹れながら始めることがあります。急にお茶を出すと、「何だろう」と少し意表を突かれる。その小さな間が生まれることで、ぐっと距離は縮まりながらも、互いに相手を感じ取ろうとする静かな緊張感が漂うんです。
中岡:なるほど。僕もお客さまをここで迎える時に、自分で淹れたいと思うことがありますね。
EN:そのひと手間は、相手にとって特別で豊かな記憶として残るでしょうね。
中岡:その気持ちいい距離感と、その場でしかできないやり取りの面白さがありますよね。相手の心を敏感に汲み取ろうとする緊張感の時もあるだろうし、相手と一緒にリラックスする時もあると思います。
EN:昔、なぜお坊さんが日本にわざわざ決死の覚悟でお茶を持って帰って来たかもわかる気がしてきますよね。薬としてお茶が伝来したのが一般的ですが、病気を鎮めるためだけではなかったのではと思います。自分や時間に意識をはっきり向けさせる効果もある気がして。そう考えると、お茶に合わせるものはやっぱりシンプルな方が良いですよね。会話に行き過ぎてしまわず、その時をしっかりと味わえる掛け合わせが必要なのだと思います。
鈴懸さんのお菓子も、程良い緊張感がありますよね。部屋着で楽しむイメージではないです。おもたせや、お店で楽しむというようなすっとした感じがあります。でも、ルールが入りすぎてないから多くの人に共鳴していく感じですよね。
中岡:程良い緊張感の話でいうと、建築家の二俣 公一さんと茶舗の椅子の高さや柔らかさで似た話をしましたね。茶舗の椅子は低いんですよ。座った時にどんな姿勢になり、何が見えるか。
お茶する時にどんな空気が流れてほしいかを建築的観点から考えてもらって、今と同じような話をした覚えがあります。
EN:お話を伺っているこの空間も、二俣さんが設計されたとお聞きしています。何度も訪れている場所ですが、ここにはまさに「程良い緊張感」があります。それでいて、不思議と肩の力は抜けていて、とても居心地がいい。その二つが同時に存在している空間ですよね。
そう言えば、いつも同じ空間でお話しているのですが、今日は見える景色が違うように感じました。何かこの空間、変えられましたか?
中岡:心地いいと感じてもらえたなら良かったです。空間はつくられた時から、何も変えていませんよ。
EN:程良い緊張感を生み出すために大切なのは、目新しい変化をつくることではなく、変わらないように丁寧に手を入れ続けることなのかもしれません。日本庭園が日々手入れを重ねることで、いつ訪れても静かな美しさを保っているように。どんどん新しいものへと価値が上書きされていく時代だからこそ、変わらないように育まれ続けているものには、大きな価値があると感じます。そうした空間や、鈴懸さんのお菓子のように、人の手仕事から生まれ、時間をかけて育まれてきたものには、不思議な力があります。それは何か新しいものを見せてくれるのではなく、触れる人自身の変化に気づかせてくれる力です。だから、同じ空間なのに見える景色が違う。同じお茶なのに、その日の自分によって味わいが変わる。同じお菓子なのに、心に残るものが違う。
若い頃は鈴懸さんのお菓子を「可愛くて美味しい」と感じていました。でも今は、「懐かしくて美味しい」と感じるようになりました。お菓子が変わったのではなく、自分自身の感じ方が変わったのだと思います。流行を追い続けるのではなく、いつも静かにそこにありながら、その時々の自分を映し出してくれる。そんな写し鏡のような存在は、これからの時代にますます貴重になっていくのではないでしょうか。
中岡:「育み続ける」ということで言えば、ちょうど七月下旬から八月初旬にかけてお出ししている葛焼き(くずやき)のことを考えていました。葛焼きは、ほかのお菓子のように毎年少しずつ磨きながら、時間をかけて育てていく存在だと思っています。試作を重ねる中で、新しい食感の提案が出ることもあります。でも実際に食べてみると、「これは今らしい美味しさだけれど、葛焼きが本来持っている魅力とは少し違うかもしれないね」と話すことがありました。
葛焼きのおもしろさは、急いで味わうよりも、ゆっくりと向き合う時間の中で少しずつ伝わってくるところにあると思っています。本葛ならではのやさしい弾力や、静かな余韻は、その時間ごと味わうお菓子なのかもしれません。
だからこそ、無理に変えるのではなく、この良さを丁寧に育み続けたい。その積み重ねの先で、「この食感が好きです」と感じてくださる方が少しずつ増えていけば、それが何より嬉しいですね。
葛焼き(くずやき)は、本葛にこしあんを加え、蒸し固めたあと米の粉をまぶして表面を焼いてつくる。独特のぷるっとしたやさしい弾力を楽しむ、夏に親しまれている和菓子。
EN:葛焼きのお話を伺っていて感じたのですが、鈴懸さんはお菓子に限らず、ブランド全体としても「分かりやすさ」を目的にされていないように思います。もちろん伝えることは大切ですが、最初から答えをすべて渡すのではなく、お客さまと一緒に少しずつ育てていく。その余白があるからこそ、何度訪れても新しい発見があり、関係も深まっていくように感じます。一方通行で伝えることはできます。でも、それだけでは面白くない。程良い緊張感というのは、お互いが感じ取り、対話しながら育まれていくものなのだと思います。
それは、お菓子だけではなく、鈴懸さんのロゴや紙袋にも表れていますよね。
中岡:ロゴの文字は草書なので1回目から読める方はあまりいません(笑)。書家の桑原呂翁先生が書いた当時も、周りからは「誰も読めませんよ」と言われました。でも、読ませることが目的ではなかったんです。最初は分からなくてもいい。
紙袋もお店に通っていただく中で、「あ、菓子という字だったんだ」と気づいていただけたら嬉しい。そんな風に、私たちとお客さまとで少しずつ育てていける関係がいいなと思っていました。
EN:お客さまを信じたからこそ、今では東京でも福岡でも、あの紙袋見れば、多くの人が自然と「鈴懸」を思い浮かべます。
ブランド名を目立たせるのではなく、文字から鈴懸を感じ取れる。それは、お客さまと一緒に関係を育んできた証なのでしょうね。
中岡:そうであれば嬉しいですね。
EN:EN TEAも、そんな存在になれたらと思っています。お茶を届けることだけを目的にするのではなく、一服を通して、飲んでくださる方々と少しずつ関係を育んでいけるような存在に。
お茶もお菓子も頑張りすぎないプレーンさといい意味の遊びが大切だと思います。
中岡:そうそう。今日いただいたお茶の晴れやかさと、その奥にある味わい深さは、とても印象に残っています。この一服には、きっと余計なものを足さない、シンプルなお菓子がよく合うんだろうな、と自然に思いました。
また近いうちに、お茶を淹れながらゆっくり話しましょう。
EN:ぜひ、ご一緒させてください。本日も、たくさんの気づきと、素敵なひと時をありがとうございました。
PROFILE / 中岡 生公さん(なかおか なりまさ)

株式会社鈴懸、代表取締役(鈴懸3代目)。
1969年福岡県生まれ。大阪の菓子店で修行した後、1991年実家である和菓子店「株式会社鈴懸」に入社。2001年鈴懸3代目に就任。「現代の名工」に称された祖父・中岡三郎の技術と味を受け継ぎつつ、現代の塩梅によるおいしさを追求し続けている。
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季節のお茶
「博多 鈴懸本店」に併設する茶舗限定のメニューとして、EN TEAと季節のお茶と、十二ヶ月それぞれの和菓子を楽しめます。


