JOURNAL
#09 複雑なのにクリーン。多様なのに唯一無二のものをつくる / Minimal 山下 貴嗣さん
第9回目はEN TEA唯一のスイーツ、「緑茶チョコレート」「焙じ茶チョコレート」の共同開発者Minimal - Bean to Bar Chocolate - (ミニマル)代表の山下さん。2017年頃出会ってから、とくに発売時期も設定せずにビジネスではなく互いのブランドへの思いと探究心を共鳴させることを目的としてスタートしたプロジェクト“食べる茶”チョコレートが生まれた背景を振り返ります。世界の産地を訪れ、良質なカカオ豆から職人が一つひとつ手仕事でチョコレートを製造するスペシャルティチョコレート専門店「Minimal」。2023年、もっと新しいチョコレート体験を提供するべく新業態で麻布台ヒルズ店をオープンした。
EN TEA (以下、EN):ブランド立ち上げ時から、「日本発の世界へ誇れるものづくりブランドを創る」というコンセプトでさまざまな挑戦をされています。チョコレートの世界的品評会でトップクラスに入るなど目覚ましい活躍で…、改めてブランドのことを一からお聞きしたいなと。まず、Minimalらしさと言えば何でしょう。日本のクラフトブームは2017年頃からと言われていますが、以前からやられていて、なぜ続けられたかなどお話したいです。
山下さん(以下、敬称略):2014年からスタートして10年。本当にコツコツと、「豆を良くする」「味を良くする」「お客さまに新しい体験を伝える」この3つを真面目にやったことが大きいかなと思っています。とにかく当初から何も変わらず挑戦し続けた結果、その全部が僕ららしさのようなものになった感じですかね。
EN:ものづくりで大切にしていることは?
山下:昨年、10周年を機に大切にしていることを整理したんですよ。ブランドの哲学を伝えるために、10のキーワードとそれにまつわるエピソードを一冊のマガジンにまとめました。そこに載せている「シティクラフト」という考えがありまして。Minimalの造語です。シティクラフトは「新しいことを求める人々の感性や欲望と、卓越したものを造りたいという情熱が相互作用し、相乗効果を生み、世の中に新しいムーブメントを起こしていくものづくり」と定義しています。Minimalの原点である富ヶ谷本店の外観。
Minimalはお客さまの反応から刺激を受け、相互作用でブランドを進化させていきたいと考えているので、人々が集い新しい価値観が生まれる東京に拠点を置いています。ただ、岩手にある世界から注目されているオーベルジュ〈とおの屋 要〉のオーナーであり、料理人・醸造家の佐々木要太郎さんからは、「Minimalって東京だけど東京ぽくないことをやってますよね」と言われていますね。その意味はやっていること自体はものすごく研究者気質で、多分一個一個物事を突き詰めていった先に自然と行き着いてきたものがあるという感じなのかなと。それはある意味で俗世を離れて深く深く物事を突き詰めていくものづくりの姿勢で、それ自体は流行がものすごいスピードで移り変わっていく都会らしくないことだと思うんです。でも僕たちのお客さまは目の肥えた都会のお客さまで、その期待に応え、超え続けていくことでアウトプットが少しずつ洗練されていくというか、その相互作用がミニマルになっていくというか。
EN:確かに、Minimalはつねに受け手のことを深く考えているブランドだなと思います。すごくしなやかだなともご一緒しながら感じていて。チョコレートは単体で食べることもありますが、やはり何か飲み物と合わせることが多いですよね。食べ合わせについてはどう考えていますか? 山下さんのお好みは?
山下:スペシャリティコーヒーか白ワインかな。素材の香りがすごく複雑だったり、クリーンだったりするものと相性がいい気がしています。あ、お茶で言わないとでしたかね(笑)。
EN:いえいえ、お茶が何にでも合うというわけではないですから大丈夫です(笑)。
山下:えっと、チョコレートとお茶の関係についてもお話しますね。Minimalはお茶にも合うタイプのチョコレートだと思っています。お茶とチョコレートには渋みが骨格にあるなど共通要素も多くあります。さらにMinimalのチョコレートは香りや味わいを複層的に重ねてつくり、懐の深さがあるものにしたいと考えています。
Minimalはカカオのフレーバーを、酸味、渋味などの味わいとロースト香やナッツ香などの香りを39のテイスティング項目に分類し、捉えて、カカオのフレーバーをクリアに伝えることを大切にしています。お客さまが直観的に理解できるように、チョコレートと一緒に、特徴やレシピを探究できる言葉を書いたカードもつけていて。そこに「〜のような香り」とか「〜のような味わい」とか書いてあります。この「〜のような」に肝がありまして、例えばブドウのような香りのチョコレートだとすると、ブドウの粉を入れるのが一番わかりやすいですよね。ただ僕らはそうせずに、カカオそれぞれが持つ香りを複層的に重ねていき、全体のバランスが絶妙な具合でブドウに似た風味になるようにしているんです。だからチョコレート単体だと感じられなかった要素が、何か飲み物と合わさることによって顔をのぞかせることがある。お茶の渋みと合わさりチョコレートの渋みが膨むと全体のバランスも変わって、またひと味違うものになるということが実現されているんです。
それとあとひとつポイントとしては、油分をすごく少なくしています。一般的にはカカオの油分以外にバターやミルクを足したりするんですが、僕らは最小限必要なものだけでつくっているのですごくスッキリした味わいです。余韻も軽いんですよね。だから、お茶のような素材本来が持つ繊細な香りや複雑な味わいにも合うんだと思います。うちのは油分少ないので、舌にべっとり残ることがなく心地よく味わえます。
EN:そうですね。
山下:お茶はもちろん、液体ってさまざまな香りとか味わいが混ざり合って新しい世界を次々と広げていく、小宇宙みたいなものだなとよく思うんですよね。かたや個体のものは、味の強度があるもの一色で仕上げていくことが多いと思います。以前、EN TEAの代表の丸若さんが「お茶は例えるなら水墨画や漫画。白黒かつ濃淡で演出をするもの」と言っていましたね。比べてチョコレートは油絵に近いですかね。ゴッホのひまわりみたいに思いがけない色合いやタッチで構成しつつもよく見ないとわからない、ファーストインパクトが印象的なつくり方をしていて。そう考えると複雑で儚い香りと味わいのお茶と、強度の強いチョコレートを合わせると、どうしてもチョコレートの甘さ一色になってしまいがちです。
話を戻すと…、複層的に香りや味わいを重ねて、甘さの強度だけでないつくり方をしているMinimalのチョコレートはお茶とは相性がいいとすごく思っています(笑)。
EN:ありがとうございます。
山下:僕は、EN TEAの焙煎紅茶が好きですね。あれはもう芸術作品に近いと思います。発酵という紅茶由来のものと焙煎という人の技術によるものを掛け合わせて、複雑なものにしていますよね。それなのにすごく透明感があってクリーンな味わいとまろやかさがある。全体として優しいってすごいですよね。僕らもクリーンなチョコレートをつくりたいんですよ。何度も言ってしまいますが、基本的に甘みって味の強度が強い。甘みが全てに勝ってしまうので、カカオに砂糖以外のものをあまり加えないようにして、素材それぞれの味のレイヤーが複層的に重なり、活きるつくり方をしたいと思っています。そういったものづくりの思想が似ているから、EN TEAと“食べる緑茶”を開発できたんだと思います。試行錯誤の連続でしたが、着地できるとお互い信じ合えましたよね。
お茶を飲んだ時の楽しみを、しっかりチョコレートに映しましょうという風に。ファーストインパクトからトップ、そしてテールまで時間軸の奥行き・ストーリーがあって、EN TEAらしい茶葉の移ろいや儚さの価値観を大切にしたいなと思いました。
EN:世の中にあるお茶のチョコレートにはさまざまな課題を感じていました。とくに、抹茶チョコレート。チョコレートの味に、お茶が無理をして合わせにいっている感じがして、茶本来の良いところを失っていることも多々。世界で評価されている抹茶味がとても甘いのは少し残念だなと思っています。その甘みは先ほどの話にもありましたが、強度のあるチョコレートの甘さに対した厚化粧なんですよ。化粧をしない本来の姿は全然違うのに…。確かにお茶はすっぴんで勝負しようとするとチョコレートとの相性はあまり良くなくて。難しいから、やりやすい同じような強度にするという判断に大体はなるんですよね。Minimalはお茶の尊さを理解してくれていて、こちらに寄り添うスタンスで一緒に味を構築してくれる。これは緑茶に限らずですが、茶葉の良い部分を引っ張り出すというか見つけ出すことが味の探求の楽しみだよねと。その思いをベースにして何でもつくっていただいています。だからいつも不思議と出来上がる前から完登できるとわかっている感じがしています。毎年ちょっとずつ進化もしていて、本当に面白い取り組みになったなという実感があります。
山下:そうですね。EN TEAの製造の皆さんが素材の理解度が高いからだと思いますよ。僕が言うのもおこがましいですが…素材の持つ美味しさをよくわかっているからだと。カカオの良さをふまえ、それに適した茶葉を調合したり、もっとよくするために焙煎したりしてくれて。
カカオの要素とお茶の要素は本来近いんですよね。渋味・甘味・苦味・酸味・塩味・青み・旨味。その要素を僕らは僕らで、EN TEA はEN TEAで、双方独自の美意識とものさしで作ってきた。普段は全く別のスタイルだから、共通言語をつくるのには時間がかかりましたよね。企画から販売まで2年。2021年に販売してから5年経ち、今は関係ができあがってきているんで何かリクエストしたらすぐこうですねと、フィードバックのスピードも精度も年々よくなっている気がします。で、完成度も増している。
EN:売れそうなものをつくるブランドが多い中で、シンプルに素材のよさを伝えるためにやるという感じで、プロセスを楽しみながらできていますよね。
山下:そうそう開発中は色々とありましたよね。緑茶チョコレートでは「見た目のきれいな透き通った緑がいい」と EN TEAからリクエストされて。そういう価値観は僕らにはないからちょっと違うんじゃない? と話したこともあった。ただよく話してみると、きれいな色の方がキャッチーだし受け入れやすいということではなくて。実際に素材をよく知っていくとその色を含めてプロダクトなんだという風に考えが変わっていったんですよね。実際に味もやっぱりそのお茶が主役の方が多分チョコレートとしてアシストできるところがたくさんあることも気がついて。まずホワイトチョコレートをつくり、そこに茶葉を入れ美しいグリーンを目指した。まろやかなチョコレートの中にいかにお茶の“移ろいや儚さ”を刻印するかに専念することにしたんですよね。期間限定の発売から、5年経っても販売中の定番品・緑茶チョコレート。いわゆるお茶チョコレートとは異なる味の膨らみが特徴的な一枚。チョコレートの甘みから入って、茶葉の甘み・旨味に変化し、青み・渋みへ抜けていく。
EN:Minimalの皆さんが「茶葉の儚さ」を重視してくれたことは、私たちが大切にしていることなのでとても嬉しかったですね。お茶は作り手全てが季節の機微に心を寄せて暮らす人たちが切磋琢磨をしながらつくってきたものなので。今、EN TEAは福岡・糸島にも拠点をおくようになりましたが、自然栽培に向き合う人たちと距離が近くなって余計にそこにかける思いを強く感じるようになり、自然との調和をもっと考えていきたいなと思っています。
山下:やっぱりお茶は日本の気候風土が育んだ、歴史ある複雑な産物ですよね。今ってだんだん季節感がなくなってきてはいますが、昔の人は「七十二候」という四季よりももっと細かなスパンで季節を捉えていましたもんね。そんな昔から親しまれているお茶だから、ずっといつ飲んでも同じみたいな飲み物とは違いますよね。繊細な日々の温度とか日光、雨とか風とか花の香りとか複雑に変わっていくものに耐えうる茶葉ならではの、液体の透明感がある。お茶は、季節の移ろいに合わせて表情を変える色んなものに寄り添ってくれる存在ということですよね。僕らも、日本人らしい繊細な表現や美意識を大切にしながら、これまで以上に新しいチョコレートをつくっていきたいと思います。
実は、今僕ら次の研鑽する主戦場をどうするか考えているところなんです。ボンボンショコラやガナッシュに興味があって研究を始めていて。そこでお茶を素材としてしっかり使っていきたいなとも考えているので、今後も皆さんの知恵をお貸しください。
EN:ぜひ。Minimalとはビジネスとしてのゴールよりも、それぞれの特性を生かしつつ新しい価値を創造する壮大な実験を続けている形なので今後も楽しみにしています。緑茶チョコレートみたいに、キャッチーだけどやっていることはマニアックみたいなことを新たに叶えられたら嬉しいです。
PROFILE / 山下 貴嗣さん(やました たかつぐ)
1984年岐阜県生まれ。2010年、「Bean to Bar」文化との出あいをきっかけに独立。2014年、渋谷区富ヶ谷に店舗兼工房「Minimal富ヶ谷本店」をオープン。1年のうち4カ月程度は、赤道直下のカカオ産地に足を運んでいる。
Minimalのチョコレートは国際品評会で、日本ブランド初の部門別最高金賞などを含め2016年から10年連続101賞もの賞を獲得。
https://mini-mal.tokyo/
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¥ 1,728(税込)
厳選した茶葉を数種類ブレンドし完成させた味・香りの立体感と、晴れた日の森を感じる生き生きとした緑が特徴的。飲みやすく、あっさりしすぎない飲みごたえを、豊かな香りで表現しています。
