JOURNAL
#08 地域らしさ、王道のよさをどう考えるか / MILKBREW COFFEE 中島 大貴さん
第8回目は、佐賀・嬉野にあるカフェ「MILKBREW COFFEE」の代表・中島 大貴さんです。現在「MILKBREW COFFEE」では、緑茶をミルク出しで楽しむ“牛乳茶”を提供いただいています。酪農家でありチーズ職人でもある中島さんと考案した新しい茶について語ります。カフェは国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている地域にある。
EN TEA (以下、EN):中島さんの活動はSNSでよく拝見しています。スタッフ一同、いつもよい刺激をいただいています。早速ですが、コロナを機に家で過ごす時間が増え、生活や食に対する価値観が大きく変わりました。美味しいと思う感覚に味覚の基準だけでなく、それを口にしてどんな風景が広がるかが加わった気がしていて。そんな中、中島さんがつくるものをいただくとすごく満たされるんですよね。今回はその理由を探りたいと思います。
中島さん(以下、敬称略):ありがとうございます。
EN:嬉野で3代続く酪農一家である「ナカシマファーム」。中島さんとのプロジェクトが立ち上がった時、地域に根ざす魅力的な生産者と関われることがとても嬉しかったです。当時、私たちのことはどんな風に見えていましたか?
中島:EN TEAはその頃自社の畑の可能性を探っていましたよね。同じ地域の農家として、身近に感じていました。うちの堆肥を使っていただくこともありましたし。展開をよく理解していたわけではありませんが、地域を宣伝するではない、飲み手を第一に考えたブランドの姿に惹かれました。
具体的に意識したのは、2018年のMILKBREW (コーヒーバッグ)開発の時期です。実は色々と参考にしたブランドのひとつでもあって、EN TEAの活動や紹介記事を自分なりに追っかけていました。産地について、世の中に伝える優先順位が高くないことでできる取り組みって多いんだなあと。産地を打ち出さないのは僕らも一緒だったので、自分なりに共通点のあるEN TEAのスタイルを分析したり、対比したりしてやりたいことを検討しました。そんなわけでずっと意識していた時間があります(笑)。
EN:具体的な取り組みは、波佐見焼のマルヒロが手がける「HIROPPA」でEN TEAがプロデュースする「GEN GEN AN幻」の期間限定ショップをした時からになりますね。観光客が多い波佐見・嬉野エリアにはティーツーリズムや、クラシックなスタイルを提案する老舗が多く存在する中で、“幻の牛乳茶”というユニークなメニューを生み出せたことはとても印象深いです。その土地とどう向き合うか? 取り組み方はさまざまあってよくて、大切なことはセオリーに縛られることなく自由な発想を持ち続けることだと考えています。
おかげさまで「お湯やお水ではなく冷たい牛乳で抽出したらどうなるのか」という未知の問いに出会うことができてよかったです。結果的にいい意味でイメージを裏切ることになりました。牛乳との組み合わせとなると、どうしても大味になってしまうことが多いと思うんですね。そんな中でとても繊細で余韻の品がよいものができた。茶の味わいで大切な移ろいを牛乳というキャンバスでも表現できるものなんだなと。完成した一杯を最初に飲んだ時の美味しさは今でも忘れられません。
中島:本当に嬉しいですね。
先ほど言われていた地域っぽさの出し方にブランドのカラーが出ますよね。うちの2022年にオープンした嬉野温泉駅前店「UPLIFT SHIMOJYUKU」ではあえて地域っぽいことをしています。店名にある「下宿」はあの辺りの小字名なんですよ。更地から始まった西九州新幹線開業にともなう新駅周辺エリアなのですが、「あれ昔からあった広場だっけ?」と思われる場所にしようと。
EN:1号店の「MILKBREW COFFEE」では全く地域を語らないのに、「UPLIFT SHIMOJYUKU」では語るというのも面白いですね。
中島:時々そういった地域っぽいことをやることもあります。
EN:中島さんが一番大切にしていることは何ですか?
中島:自分のアイデンティティは酪農家であることですかね。とにかく毎日朝と夕、2回の牛の搾乳を大切にしています。ほぼ毎朝、日の出を見ていますし、5時半に仕事をスタートするという生活を10年間以上続けています。毎日同じ時刻に家を出ますが、その日の明るさとか湿度とか空気感とか本当に1日も同じことはないんだと思いますね。必ず自分が日の出を迎えているわけですから、なんかもう地域とか越えて世界の中心にいるみたいな気になります。「ここが世界の中心だ」という感覚と、「誰も知らない辺境の地に旅の途中だ」という感覚が同時に常にあるというか。そんなベースに対する独特なものはありますね。
EN:予測のできない可能性が多い自然と動物に向き合って、長く仕事をしていることをとても尊敬しています。普通だったらうちの牛乳は唯一無二の最高品なんだと、牛乳メインで色々提案したくなってしまいそうですが…、中島さんはしないですよね。
中島:カフェよりも、ミルク出し専用のコーヒーバッグの販売が先ですしね。
EN:すごく上質で鮮度も素晴らしい牛乳で、コールドブリューが前提となると、コーヒー豆の品質や牛乳との相性など開発にはとても苦労されたと思います。開発時のエピソードをお聞きしてもいいですか?
中島:基本的には流通が難しいので、牛乳でメインをはるというのは大変でしょうね。コーヒーやお茶など常温乾燥できるものでもないので、売上の天井がすぐに見えてしまう…。あえて経営的な話をしますが、売上=頭数×乳価で決まりなんですよね。どれだけ牛がいるかで売上が決まってしまいますから…、もうその先を考えられないですよね。もっと言うと、物理的な面で土地の面積以上の売り上げは絶対出ないという。付加価値をつけ売値を倍にすれば上がるわけですが、まあ基本的にはそのルールから逃れられません。
僕も若い頃は規模で佐賀一になりたい! とかそういう願望がありましたよ。ちゃんと可愛い時代もあって(笑)。ただ、実際に考えていくとどこまで行っても終わらないゲームだったという。安全安心な畜産における適切な規模感があるし、循環できる適切な規模感もあるしで、模索する中、早くこのゲームから一歩出たいという思いが強くなりました。
EN:そこで転機があったんですか?
中島:僕の好きな「MANLYCOFFE」というお店のコールドブリューのコーヒーバッグをはじめて買って、それを水ではなく牛乳で飲んだんです。なんでそういうことをしたかというのは、正直今もよくわかっていないんですが。まあこういう公の場で話す時は、自分にとっての水は牛乳だったからと格好いい風に言っています(笑)。とはいえ、本当にいつも水みたいに牛乳を飲んでいるので、まあ自然にコーヒーを牛乳に漬け込んだんです。それでMILKBREWという商品が生まれました。
EN:飲んだ時の感想は?
中島:今までと全然違った美味しさというか、新しい世界を感じました。今風に言うと、牛乳がDXできるかもみたいに思ったんですよね。牛乳がデジタルになるかも? そんな気配があって。コーヒーや、緑茶・紅茶などを媒介にして、牛乳は各地で買ってもらってつくってもらう。“ミルク出し”のドリンクがカルチャーになったらよいなと。あと、牛乳を選ぶ選択肢が生まれた面白さを感じましたよね。
お店をつくったのは、ブランドとして強く印象付けるために、やっぱり空間、聖地があるといいなと。僕のバックボーンとして建築的に表現したいというのもあります。お客さんも、カフェでMILKBREWを飲めば飲むほどうちの牛乳で飲みたいとおっしゃってくださるんですよね。
EN:今後はどんなことを考えていますか?
中島:乳の本質を考えた時に、親から子へはじめて渡すギフト的な意味合いだと思ったんですね。子どもは母乳から免疫力を獲得し、強い体になっていきます。そういう意味で牛乳はかなり世代間を超えられる強いものとして成立しそうだなと考えて。だから、「牛乳」「ミルク」と聞いただけで、幸せホルモンを出すことができる存在になれるかもだなと思っています。今、「スターバックス」「ブルーボトル」と聞いて、リラックスを思い浮かべる人は結構いると思うんですが、僕らもそんな風になりたいですね。
「ミルクブリュー」「ミルク」と聞いただけで、なんか幸せな気持ちになれるとか。そういうブランドに成長させたいですし、その世界を牽引できれば嬉しいなと思っています。
EN:新しい世界をひらく、そのツールに牛乳がある。わくわくするお話ですね。
中島:お茶も、色んな文脈や文化が積み上がってく上でのツールになっていますよね。
EN:そうですね。EN TEAは多くの人の心が和らぐものとして育てていけたらと思っています。話を戻して、EN TEAとのタイアップメニューについてもう少し触れておきたいなと。
「UPLIFT SHIMOJYUKU」オープン時より定番メニューとして2種類提供いただいています。そちらで大切にしていることは何でしょうか。
中島:お茶のよさが出ているかですね。僕らができる限りの全力でよさをお伝えしたいと努めています。EN TEAの皆さんは自然とこちらを立ててくれようとするんですが、お茶が美味しいからこそ意義があるとよくお返事しています。お茶が美味しいということはそれすなわち、牛乳に透明感があって甘みがあってクリアで雑味がないという証明になりますから。牛乳の美味しさを語らないことが、語ることに一番つながる気がしています。
EN:牛乳とお茶との相性で面白いと思うことはありますか?
中島:皆んなが美味しいと思うお茶はそのままで飲んでいただければですが、例えば酸味の強いものなど苦手なお茶を克服させてくれて、次にいけるようにしてくれることがあります。牛乳がうまくマイルドな味わいに仕立ててくれるというか。
お茶を淹れる際の水と牛乳の違いは「脂肪分」。やっぱり甘みがあるもので抽出するかどうかで違いが出ます。牛乳は甘みとコクがあるので、ちょっと癖があるお茶と合うと思います。そういう味とお客様を引き合わせる役割としてミルク出しはよいと思いますね。お茶の酸味をマスクすることで、個性派の茶葉でも初級者メニューとして提供できる。尖った表現がしやすくなりますし、こだわりのお茶に飲み手を向かわせやすくなると思いますね。
EN:今提供している緑茶系とほうじ茶系の2種、それぞれカフェでの反応はどうですか?
中島:緑茶だとすぐわかるMILKBREW TEA GREENをおすすめにしたい気持ちが始めからあったのですが、どうしても旨味と苦味がきちんとあるお茶なので好みに差があります。もうひとつのHOJICHAの方が、牛乳との相乗効果で味も香りも甘く飲みやすいみたいですね。飲む順番はもちろんお客様のお好みでと思っていますが、ご提案としては HOJICHAで美味しいと思っていただき、GREENで深堀りしてもらうという流れかなと。ふたつがうまく機能してくれている気がしています。
EN:HOJICHAを頼む方が多いですか?
中島:いえ、まずGREENを頼む人がほとんどです。ただそれは抹茶ラテを期待して来た人で、抹茶ラテの代わりに頼んだという感じなんですね。そのまま接客なしに出すとトラブルになりそうな感じで…だから基本的にはオーダーを聞く前にご説明しています。
お茶だけの話をすると、HOJICHAよりGREENの方が圧倒的に飲んでみたい人が多い。ただそれを飲みたい人は甘いものが飲みたいという人がほとんど。話のラリーをすると、結果HOJICHAに落ち着くということが多々ありますね。
EN:やはり緑茶の繊細さや複雑さは長所であり、短所でもありますね。茶葉の伝わり方にはいつも課題を抱えています。GREENに使用している茶葉は、古式緑茶(釜炒り茶)をベースにしたオリジナルブレンド。HOJICHAは焙煎度や部位の異なる複数のほうじ茶を調合したこちらもMILKBREW専用の茶葉ですが、これらもいつか商品化できたらなと。ティーバッグをきっかけに「MILKBREW COFFEE」に行きたいと思ってもらえるよう繋げられたらと思います。
それに茶の可能性はまだまだ無限にあると思っています。例えば、抹茶ラテという飲み方は国内外で親しまれていますが、味わいのタイプが似ているものも多いような気もしていて。新しい方向性を私たちは探求し始めています。これからも色々な場面でご相談させてください。楽しみながら、ご一緒できたら嬉しいです。
中島:ぜひ、これからもよろしくお願いいたします。
PROFILE / 中島 大貴さん(なかしま ひろたか)
佐賀県嬉野市の酪農家、「MILKBREW COFFEE」代表。
2009年より家業の酪農に就農。2011年より酪農の傍ら独学でチーズづくりに着手し、翌年チーズ工房をオープン。2018年に、日本で初めてブラウンチーズの製品化に成功し、JAPAN CHEESE AWARD金賞を受賞。同年、こちらも日本初となるミルク出しコーヒーの販売をスタート。牛乳を使いさまざまな角度から食を豊かにする活動を続ける。
https://www.instagram.com/nakashima.farm/
https://www.instagram.com/milkbrew_coffee/
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焙煎茶 ティーバッグ7個入
¥ 1,728(税込)
EN TEAの焙煎茶は緑茶の加工時に副産物としてでる茎を使用。クリアですっきりとした飲み口と、徐々に広がる甘い余韻が特徴です。鮮度のよさを保つために少量ずつの焙煎を施し、バランスの取れた中炒りにしています。吸い込まれるような琥珀色が心を和らげてくれます。
